夫が公正証書の作成を嫌がります。どうしたらいいでしょうか?
(夫が養育費を支払うという設定でお話しています)
私のところでご依頼をいただく大前提は、夫婦ふたりが離婚することに合意していることです。泥沼化せずに話し合いをすすめられることを確認したうえで、「離婚協議書」か「公正証書」のどちらにするかを決めていただきます。実際には、未成年のお子さまの養育費などお金にまつわる取り決めがある場合には、公正証書にすることがほとんどですし、私もそうすることをおすすめします。お子さまが成長するために必要な養育費が確実に支払われることは何より大切だし、親としての務めだと思うからです。
しかし、夫が「公正証書にするのだけは嫌だ」とごねてしまうこともまれにあります。離婚には同意しているし、子どもへの養育費支払いも納得はしている。けれど、公正証書だけはやめてくれ、と。
もし、話し合いのなかで夫がこのように言い出したら、あなたならどうしますか?
そもそも、夫はどうして公正証書にすることに逃げ腰なのでしょうか?その理由は、公正証書の強力なパワーと、これを作ってしまったらもう逃げられないというプレッシャーにあります。
公証役場まで行って公証人に作ってもらう「公正証書」は、いざというときにとても強い効力を発揮します。養育費などが途中で支払われなくなったときには、通常必要な裁判の手続きをすることなく、相手の財産に対する差し押さえを申し立てることができるのです。例えば、元夫がサラリーマンの場合には、給料を差し押さえると、会社から妻に直接給料の一部が支払われることになります。これはかなりすごいことです。税引き後の給料の2分の1までが差し押さえの対象になるので、払えるけれど払いたくない、と思っていたとしても、いきなり手取りがガクンと下がります。
しかも、養育費なら、一度差押えすると将来にわたってずっと差し押さえる(天引きする)ことができるのです。この一連の流れは、公正証書があればものすごくスムーズです。なぜなら、「養育費未払いによる給与差押え」は、強制執行の中でも最も保護が手厚いもののひとつだから。
それに対して、離婚協議書があっても、二人が取り決めたことの証拠にはなりますが、裁判を起こさないで相手の資産を差し押さえることはできません。そのため、養育費が止まってしまった場合は、まずは裁判を起こす必要があるので、その手間や時間、弁護士費用などを考えると、泣き寝入りしてしまうことも多いのです。
このように、公正証書を作っていると支払いが滞ったときに厳しい措置がとれるということは、お金を受け取る側にとっては大きなメリットです。
けれど、支払う夫からすると、「そこまでは勘弁してくれ」と感じる人もいる。
このような夫には、「養育費は、健全な成長のために必要な『子供の権利』である」と理解してもらえるよう、説明してください。決して夫に対する嫌がらせで公正証書にしたいのではなく、親としての実感を持ち続けてほしいこと、離れていても責任をもって子どもを支えてほしいこと、もちろん定期的に子どもと会う機会も設けること、子どももそのように望んでいること、などを話します。「払わされる」という感覚ではなく、「子どものためにできる限りのことをしてあげたい」という気持ちをもってもらうことが大切なのです。また、夫の収入が将来減ったり、再婚して扶養家族が増えたりしたときには、減額をすることもできることを説明して、少しでも夫の不安を解消するのもいいと思います。
それでも夫がうんと言わないときには、とりあえず離婚協議書だけでも作成しておくというパターンと、家庭裁判所に離婚の調停を申し立てるパターンがあります。離婚調停で離婚が成立すると「調停調書」という文書が作られるのですが、これにも強い法的効力があるのです。養育費の支払いが滞ったときには、「履行勧告・履行命令・強制執行」が受けられます。履行勧告というのは、裁判所が相手に「払ってください」と勧めてくれること、履行命令の場合は、従わないと過料が課されます。さらに、強制執行もできるので、離婚調停を経て離婚をしている場合も、養育費をもらえる可能性が高くなります。
離婚調停については、メリットもデメリットもあるので、詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
親としての責任は、離婚をしても逃れることはできません。それなのに、離婚後に養育費を受け取っている家庭は2割弱です。子どもの幸せを望むのなら、離婚のせいで経済的に我慢をさせてしまうことのないよう、公正証書か調停を利用して、子どもの権利をしっかりと守ってあげてください。